開催日:2019年12月14日(土)→12月20日(金)

佐治嘉隆 写真展
バリの東、鏡のむこう

ESPACE BIBLIO 文明講座特別企画
佐治嘉隆 写真展
バリの東、鏡のむこう

Ni Tanjung(メ・タンジュン)に会いに行く

2019年12月14日(土)〜20日(金)12:00〜19:00
入場無料 ・16日(月)休廊

2002年、アバビ村とブタクリン村の境の枯れ川に、石で作られた祭壇があった。その石に描かれた様々な顔が素晴らしくて心騒いだ。石を黙々と積むお婆さんに挨拶すると、バリ語でけたたましく話し始め、やがて踊りだした。そして手鏡を取り出しそこに映る私をじいっと見た。この時の石像群は、クタの爆弾テロで亡くなった人たちを弔うものだった。
お婆さんは Ni Tanjung と言い、若い頃は舞踊団の踊り子をしていた。1966年頃インドネシアでは、共産主義思想の人々が大量虐殺された。やがてバリ島でも「赤狩り」が始まり、罪の無い村人や舞踊団の仲間が大勢殺された。彼女は川に逃げて助かったが、その頃から気が触れてしまったという。
彼女はダンナさんと二人、森の中の粗末な家で暮らしていて、石像や絵だけでなく、切り絵にも夢中になった。スケッチブックには亡くなった人々に混じって虐殺者も描かれているが、「彼らは本当は恐ろしい人間ではなく、何も解っていない子供のような者だ」という。2008年訪ねると、彼女は暗い土間で竹のベッドに寝たまま立ち上がれなかった。
手鏡で自分の絵や外を眺めていて、鏡の中の私と喋り始めた。弟子の、カプロスに尋ねると「彼女の手鏡の中には、幻想が現れたりトリップして様々な命が見えているようだよ。」と答えてくれた。 2011年夫が亡くなると、娘の家に引き取られ、離れの部屋で、今も創作を続けている。バリを訪れるたびに会いに行くと、大声で迎えてくれ、歌い踊る。バリ語が解らない私にずっと喋り続けるのだが、別れ際の哀しそうな顔を見るのがつらい。
バリ島東部の風景や人々のスナップに加え、Ni Tanjungから頂いた様々な物も展示いたします。


佐治嘉隆:
1946年 愛知県渥美郡渥美町(現 田原市)生まれ
1968年 桑沢デザイン研究所写真専攻科卒業
1978年−1983年 デザイン事務所「GALAXY」を牛腸茂雄と運営
1976年−2011年 The American School in Japan /Audio-Visual Dept.勤務
写真展
1989年 [Fieldnote]Gallery FROG II 東京 四谷
2000年 [自然直伝−野口三千三の世界]東京 新宿住友ビル特設画廊
2002年 [melting point] Contemporary Photo Gallery
2003年 [芭璃南帰行] Contemporary Photo Gallery
2004年 [芭璃-BALI-瞑走]Contemporary Photo Gallery
2005年 [森のパースペクタ]Contemporary Photo Gallery
2010年 [Melting point – Bali]TAMBOURIN Gallery
2014年 [時層の断片/Fragment from the Layers of Time]ESPACE BIBLIO
2016年 [高田渡 1971/TOKYO 70’s] 百年
写真集
2010年 [Melting point-Bali] eyesight series #2
2014年 [時層の断片/Fragment from the Layers of Time] eyesight series #9
2016年 [高田渡 1971/TOKYO 70’s] Zine

[会 場]ESPACE BIBLIO(エスパス・ビブリオ)
地図→http://espacebiblio.superstudio.co.jp/?page_id=2
〒101-0062
東京都千代田区神田駿河台1-7-10 YK駿河台ビルB1F
電話:03-6821-5703